30周年記念コンテンツ

ANAが目指すデジタルマーケティングの未来

プロフィール


ANA X株式会社 執行役員 山本 裕規

1992年に全日本空輸株式会社に入社後、デジタルマーケティング、レベニューマネジメント、グローバルコミュニケーションなどエアラインの各種マーケティング業務を歴任。2019年より執行役員としてANA X株式会社に出向し、デジタルチャネルと顧客データを掛け合わせたデータドリブンマーケティングを推進。2021年からはANAグループのアセットを活用したプラットフォーム事業会社に再編され、「マイルで生活できる世界」を実現すべく、デジタルチャネルを通じたコミュニケーションを統括している。


株式会社ディレクタス 代表取締役 岡本 泰治

1993年にディレクタスを設立し代表に就任。今年で設立30周年を迎える。数多くの大手企業の1 to 1マーケティング戦略を立案。配信システムの提供、コンテンツ企画・制作からオペレーションアウトソーシングまで実施に必要な全ての機能をワンストップで提供している。企業のマーケティング活動を支援することによって、人々の暮らしをより心豊かで期待に満ちたものにすることを目指している。著作に『BtoC向けマーケティングオートメーション CCCM入門』『ケースで学ぶマーケティングの教科書』など。


ANAが行うデジタルマーケティングの歴史

岡本:はじめてディレクタスが御社とお仕事をご一緒したのは、2003年のことでした。当時は山本さんがご自身で、WEBサイト作成からメールマーケティングまですべてを統括されていた記憶があります。

山本:当時はWEB販売部という部署でマネージャーをしていました。ちょうどHTMLメールが出てきたタイミングで、テキストメールのみだったメールマガジンを一新しようと計画していたところでした。またお客さまとのタッチポイントだった葉書きDMの郵送を、順次メールに移行していく段階のことです。

WEBやメールの黎明期だったため、私自身もメール文の作成から時にはお客さまへの架電まで行っていました。現在のような問い合わせフォームがまだ存在しておらず、問い合わせ用のメールアドレスにお客さまから直接メールが届いていたのです。返信するメールだと説明が伝わりにくいケースは、お電話でお客様に直接ご説明して理解していただくことも度々ありました。

部署の人数は当時、社員は5、6人程度だったかと思います。人数が少ない分、それぞれが担当部門を横断しながら、デジタルマーケティングの基礎を積み上げていきました。当時からテーマとしてANAが掲げているのは、「私たちが伝えたい内容を一方的に発信するのではなく、お客様が必要としている情報を届けること」です。

 

岡本:私たちのEメールマーケティングプロジェクトの立上げに際して、山本さんの主導でEメールマーケティングの中期戦略とサービスポリシーを策定しました。あの頃はまだデジタルマーケティングの走りで、施策のゴールをしっかり決めてサービスポリシーや仕様書を作っていた企業はめずらしかったのではないでしょうか。

結果的にこれらの資料はその後何年も、私を含めた関係者が基本に立ち返りたい際に何度も読み返したプロジェクトの礎になりました。

山本:当時はデジタルマーケティングという言葉もまだなく、日本では取り入れ始めた企業もごくわずかでした。ディレクタスさんはいくつもの企業で早くから取り組みをはじめていたので、国内の身近な事例をシェアしてもらえてとても助かりました。

ANAでは数年置きに社員の部署移動がルール化されており、担当がひんぱんに変わることも珍しくありませんでした。長期に渡るプロジェクトでは、ナレッジの蓄積が難しいことが課題となります。本件ではディレクタスさんが常にサポートして情報を引き継いでくれているので、業務の品質をキープできていると感じていますね。

 

岡本:ありがとうございます。山本さんご自身はこれまでどんな部署を経験されてきたのですか?

山本:ANAは航空会社なので、空港で何らかの業務に就くことが多いのですが、私はなぜか一度も空港勤務をする機会がありませんでしたね。2009年に顧客コミュニケーション(デジタル)の部署から移動した後は、主に座席コントロールとプライシングをして路線の収益最大化を目指すレベニューマネジメントをしていました。その後はルフトハンザ航空とのジョイントベンチャーに携わったり、ロサンゼルスに5年ほど赴任するなどエアラインマーケティングそのものに従事してきました。今回は15年近く間が空いて、デジタルマーケティング部門に戻ってきたことになりますが、ANAでは長期間同じ部署に留まることや、以前にいた部署に戻るのは珍しいパターンかもしれません。

 

岡本:山本さんがこのタイミングで再度同じ領域を担当されることになったのは、御社にとってデジタルマーケティングがより重要になり、一方でデジタルマーケティングの専門性も高まっているので造詣の深い人が必要になってきたということではないでしょうか。

山本:これまでエアラインマーケティングでは、飛行機にたくさん乗る人がターゲットになっていました。しかし、新型コロナ感染症の出現や時代の変化に伴って、ANAの戦略が変わってきたということだと思います。

会社の方針が、「頻繁に飛行機に乗らない人にも、私たちのメッセージを届けよう」という方向性に代わりつつあります。そうした部分こそ、テクノロジーやデジタルマーケティングの戦略が生きてきます。
以前は全体から見て、割合の少ない部分はあまり注視されませんでした。ですが、その部分をどう生かしていくかというところに、会社のテーマとして舵が切られている印象です。

ANA Mall事業について

岡本:今年2023年1月31日にECモールである「ANA Mall」を新しく立ち上げられましたね。

山本: もともと、ANAにはいくつかのECビジネスが個別に存在していました。それらのサイトはお互いに動線が取られることなく単独で運営されていた為、顧客への認知が広がらないことが課題でした。売り上げの視点だけでなくお客様へのサービス品質として考えた場合でも、既存ECの統合を行うべきだろうと判断がありコロナ禍以前から統合の着地点を模索していた形です。

コロナ禍に入りフライトや旅行利用のお客様が激減したのをきっかけに、新たな収益を生む事業のひとつとしてECモールの事業化に乗りだしました。

 

岡本:御社はこれまでもさまざまな方法で、世界各地の商品販売を行ってきた実績があり、豊富な顧客データも所有しています。さらに飛行機への搭乗体験を通してお客様との信頼関係もできているといえます。大きな顧客基盤を持つ企業・企業グループが同様の展開を進めていますが、その中でもANAさんは有利な立場にあるのではないでしょうか。

山本: 航空チケットを売るのであれば、国内に同規模の企業は少なくANAの知名度も高い状態です。しかしECサイトの世界で考えると、競合がはるかに多く「ANAがおすすめする商品だから」と掲載しているだけではお客様に選んでいただくのは難しいと考えています。

エアラインの世界では、ANAの名前を信頼してチケットをお求めいただいていましたが、ECサイトではきちんとしたマーケティングができないと他社に競り負けてしまうのです。とはいえ私たちにはマーケティングに活用できる顧客情報や、マイレージプログラムを通したお客様との繋がりがあります。そういう物がなければ、今のタイミングでECモール事業に参入しても成果を出すことは難しいでしょう。ただ事業としてはスタートしたばかりですので、まだまだお客様の反応を見ながらブラッシュアップしていくフェーズだと捉えています。

岡本:ECモール運営となると、パートナー企業との連携も重要になってきますね。

山本:今まで当社はB to Cのビジネスに注力していて、主に搭乗していただくお客様の方を向いていました。けれどもECモールを立ち上げるなどプラットフォーム化した瞬間から、B to Bの関係性づくりも大事になってきます。お客様を直接おもてなしする一方で、満足いただける商品を届けるための基盤として良質なB to Bの繋がりも必要になってきます。

パーソナライズへの考え方とペイメント事業について

岡本:さまざまな商品・サービスを提供する上でお客様への情報提供の在り方、特にレコメンドの考え方が重要になってきませんか?

山本:レコメンドについては、かなり繊細に調整をしています。お客様の好みもデータが取れるため、「あるデータを見たくない(と推測される)人には、表示させない」ことも可能なりました。そうした細かい設定を繰り返して、満足度を下げることなくお客様が必要とされる情報を届ける努力をしています。

岡本:以前から航空チケットのマーケティングでは搭乗履歴やマイルの情報に基づいたパーソナライズされたコミュニケーションを行われてきましたが、より精度が上がって範囲も広がった感じですね。

 

山本:お客様へ情報をお届けするシステムの中に、AIがリアルタイムで情報を判断する機能を組み込んでいきます。例えば、岡本さんが羽田空港でチェックインをして、ANAフェスタ(ANA運営の空港売店)の近くを通った際に岡本さんが好みそうな商品をレコメンドする。または、旅先で立ち寄る場所の候補として、おすすめの飲食店をいくつかピックアップする。これらをメールなりアプリから、ちょうどいいタイミングにお知らせできるようになっています。

現在お知らせしている情報はお客様が実際に行動したデータを元にして提供しているので、受ける側でもノイズになりにくいようです。結果的に、 継続してお客様とのエンゲージメントを維持できています。
オリジナルの情報を届けるからこそ、広告のような押し売り感を抱かせにくいのではないでしょうか。

山本:パーソナライズ度合いについては、改善をし続けている部分です。情報をひとつだけに絞って提案すると、お客様はその情報を押しつけられたと感じてしまう可能性があります。

私たちはお客様の好みの傾向に合わせて、膨大な情報からおすすめを10個くらいまで絞るところまでが仕事だと思っています。パーソナライズ手法についてはAmazonなどもとても上手いですよね。「この商品を買った人はこちらも見ています」という様に、個人に圧迫感を与えないようにレコメンドをしています。

デジタルマーケティングの技術でいけば、お客様の情報をつきつめて究極の一品をご提案することも可能ですが、そこまで行くと情報を受け取る側に怖さを感じさせてしまう。時代に合わせて、個人ごとのちょうどいい距離感を模索し続けるのが課題です。

 

岡本:確かに。今まではテクノロジーが進化すると、それをどの会社も同じように最大限活用するのが当たり前でしたが、これからは「お客様とどんな関係を築くのか」という企業の顧客戦略に応じて必要な部分だけを活用するという考え方になるのかもしれないですね。ANA Payについても教えてください。使い道に困っていた半端なマイルをコンビニでも使えるようになって、とても便利だと感じています。

山本:以前からマイルを特典航空券に交換することや、ECサイトで利用をしていただくことは可能だったのですが、「頻繁に飛行機に乗らないため、マイルが必要数まで溜まらず使い道がない」というお声も頂戴していました。

スマートフォン決済機能の「ANA Pay」アプリでは、溜まったマイルを1マイルからチャージできて1マイル=1円として利用できます。さらにクレジットカードからのチャージやセブン銀行からの現金チャージなども行えるため、少しだけ残ったマイルも有効活用していただけるようになっています。

ここ2・3年でコンビニやスーパー、ドラッグストアなど、日常で使える環境が整ってきました。お客様は貯めたものが使えて、初めてマイルの価値を感じていただけると思いますので、せっかく貯めたマイルを使ってもらえるようにタイムリーにレコメンドしていけたらと考えています。

 

岡本:実感としてもマイルがより通貨に近づいている感じがします。御社 のお客様の「顧客体験」全体をより豊かにできる可能性がありますね。

山本:そうですね。例えば ANA Payを介して、お菓子が好きなお客様がコンビニの近くを通った際に新発売の商品をお知らせするのも施策の一つです。「この情報が知れてよかったな、と思ってもらえる機会」も、提供できたらと考えています。
日常で見逃していた、自分が興味を持っている物の情報が届くのは嬉しいものですよね。

そうした環境を作るにあたって、一人の生活圏はとても広いので単独のパートナー企業だけで欲しい商品やエリアをカバーすることはできません。今後は限定された企業とのやりとりで完結せず、さらに色々な会社と関わっていくことになると思います。ユーザーから見た視点では、それは便利で楽しい体験に繋がるのではないでしょうか。

ディレクタスに期待すること

岡本:最後に、よろしければ今後ディレクタスに期待することを教えてください。

山本:ディレクタスと岡本さんには、私が部署を離れていた期間も含めてずっとANAのデジタルマーケティング展開を一緒に行ってもらっています。今後は事業を実施するパートナーとしてだけでなく、スタッフに対するマーケティング教育や育成にも携わっていただけたらと考えています。

デジタルマーケティングではアクションが簡単に行えるため、どうしてもお客様への働きかけが過剰になってしまいがちです。だからこそ、目的はお客様の満足度を上げることなのだと常に基本を振り返っていきたいですね。

ANAがお客様にお届けしたいメッセージは、以前から一貫しています。しかし、お客様にメッセージを届けるツールや手法は日々進化しているため、過去から蓄積してきた思いや情報を伝えるために、新しい技術を学び続ける必要があります。それは会社の歴史が積み重なっても、立場が変わっても同じです。ディレクタスにはこれからも共に学びを深め、お客様の豊かさに繋がるマーケティング支援をお願いしたいです。

岡本:ありがとうございます。これからも宜しくお願いいたします。